☆☆☆ 始まりはじまり/マンション入り口にて ☆☆☆


弁慶にとって、冬と言う季節はとかく憂鬱な事の多い季節だった。

寒い事がまず苦手だし、それ以上に雪が苦手な弁慶は、雪が降る日はそれだけで、行動自体に制限が入ってしまうからだ。

「弁慶さん、なにもそんな、親の敵みたいにしないでも……」
「そう言いますけど、好い加減憎たらしくないですか? もう一週間も経とうと言うのにまだ溶けないなんて」

そう言いながら、先週末いきなり降り始め、あっと言う間に積もってしまい、あげくそのまま溶けずに残ってしまった雪の塊を、まるで八つ当たりのようにスコップでがんがんと割り砕く弁慶に、譲が思わず苦笑する。

「この位(の雪)は平気なんですか?」
「これは雪じゃなくて、氷だから」

成る程「雪」ではなく「氷」と思えば平気なのか。

「それより、せっかくのお休みなのに、こんな事を手伝わせてしまってすみませんでした」
「いえいえ」

なにしろ、家にいても家の事をしてしまう、それならこちらにいた方が良い、そう思って遊びに来たのも、その結果、自主的に雪かきを手伝ってしまったのも自分なのだから。

「ところで弁慶さん」
「ん?」
「もうすぐ弁慶さんの誕生日ですよね。何か、リクエストってありますか?」
「ん〜…特にはないですよ」

今年こそは、とストレートに聞いてみたけど、残念な事に例年通りの「特になし」だった。
「弁慶さんて何というか、ほんとにこう……欲がないと言うか何と言うか……」
「そうかなぁ……僕はかなり、欲張りだと思うけどなぁ」

そう言って、相変わらず雪の塊を粉砕する事に励んでいる弁慶に、譲が再度苦笑する。

「たまには言ってくれても良いんですよ? あれが欲しいとかこれがしたいとか。勿論、俺に出来る範囲でって事になりますけど」
「でもなぁ……譲くんには普段から、結構色々言ってるしなぁ……」
「そうですかねぇ」






☆☆☆ 昔語り ☆☆☆


弁慶が、望美に「一緒に暮らそう」、と申し出たのは望美が成人式を迎えた晩の事だった。

勿論望美は、その申し出をすぐに快諾した。

ただこれは、結婚を前提とした本格的な(?)同棲の開始、つまりは一生の住み処を生みの親の傍から、弁慶の元に移すと言う事を意味した物をだった。

ちなみにこれは、その翌日の話しである。

「ん〜……」
「どうしました?」
「何がどうしたら良いのか、分からなくなってきました」
「はい?」
「えっと……つまりですね。「これからとこれまででは何がどう違うのか」とか「どう変えれば良いのか」て事です」

弁慶と暮らす、と言う事は望美の大きな願いだった。
でもいざその状態になりかけたら、これまでとこれからの違いと言う物がどうにも分からなくなってしまったのだ。

「は、ははは……」

これはまた面白い質問だ、と弁慶はそんな可愛らしい望美の発想に思わず笑い始めた。

「ちょっと来て下さい」

炬燵に入っていた弁慶がそう言って手招くと、望美は素直に、そんな弁慶の向かい側でも隣でもなくぴったり真横に腰を下ろした。

「なぁに?」

あぁなんだか気が抜ける。でも望美のそんな行動がとても嬉しく、愛おしい。

「なにか、違う方が良いんですか?」
「そう言うわけじゃないんだけど」
「僕は、変わらず、自然に振る舞うことが、一番だと思っています」
「そう……なの?」

付き合い初めてすでに約三年。知り合ってからならプラス約一年。
でも最初の一年は、とても恋人として付き合っている、と言う感じではなく単に他者より多少は(と、当時は思っていたが実際はどうだろう?)親密もしくは親しい仲間程度の付き合いだった。
それがここまで変われた事が、まずとても嬉しかった。
しかも今度は、一つ屋根の下で暮らせる事になったのだ。
これほど嬉しく幸せな事も、早々ない。

「ただ僕にとっては、今日も明日も、君の事を家に帰さないでも良い、そう思える点がこれまでとの大きな違いになるんですけどね」
「あぁ……」



相も変わらず、でも変わってる。
8年目の誕生日はいつも通りに始まりますが、途中少し昔のお話が入っています(^^)

今とは同じようで違う部分も多いんだなぁとそんなことを思いながらお読みいただけましたら。
ちなみに、もしお手元にありましたら…昔の部分は「静花」と言う本の続きのような感じです。