「弁慶さん」
「はい?」
「大丈夫ですか?」
「え? ……あぁ、大丈夫ですよ」
自分と弁慶の違い。
その数え切れない違いうち、どう努力しても勝てそうもない、と思うのが望美に関する事だった。
「望美を想う」年月。その時間の長さだけを考えれば、自分は決して負けはしない。
だが望美に対する想いの深さ・複雑さ・純粋さが、自分と弁慶はまったく違うのかもしれない、と最近頓にそう思う。
「すみません。本当は内緒にしておかなければいけないのかなって思ったりもしたんですが……」
でも、望美は譲にも謝っておいてくれ、とそう言っていた。
それはつまり、その謝罪に対する内容も、譲には伝えても良いと言う事なのだろう、と弁慶はそう解釈した。
と、同時にその内容や程度も弁慶の判断に、おそらく望美は委ねているのだろう。
だが、
『どこまで話して良いのだろう?』
「僕も、本当のところはまだよく分かっていないんだと思います。けど、分かる範囲でだけでも知ってもらった方が良いのかなって……そう、思うんです」
弁慶は、こんな所がとても変わった。
迷いなどない人だと思っていたのに、最近の弁慶はこんな風に自分の迷いや不安を、顔に出したり言葉で表してくれるようになった。
ある意味こちらに来てようやく、弁慶の「個」に触れる事が出来た、そんな気がする。
『しかもこの人って、実は案外可愛らしいのでは? あぁいやでも……なぁ……』
「それにしても、「燃える京」なんて、俺の記憶にもありませんよ」
「ですよね。単純に火に関してだけの記憶なら、「三草山」始め僕にも思い当たる節がないではないんですよ。ただ、京に限定すればそんな記憶は、まったくないんです」
京が燃えた事がない、と言えば嘘になる。
通常の火事以外にも、焼き討ちのような悪意を持った火災も、あの世界では当然のようにあったから。
だが自分の知るそれら大火に望美が遭遇した事は、一度もないはずである。
「いずれにせよ、僕たちが出来る事は彼女に二度とあんな思いをさせない、そのきっかけを与えない、と言う事だと思うんです」
「ですね」
これまでその事に気付かずにいられたのは、きっとそのきっかけになる事に望美自身が触れずにいた事が原因だ。
であれば弁慶の言う通り、望美がその事を思い出さないよう気をつければ、きっと・絶対大丈夫、そう思うのだ。
「弁慶さん」
「はい?」
「一人でなんでも背負わないで下さい」
「え?」
「そう言った理由があったのなら、あれは弁慶さんのせいじゃない。それに、京にいた頃には平気だったわけでしょう? だったら、よっぽどの事がなければ大丈夫、てことじゃないんでしょうか?」
「そうかな?」
「多分。それに、あちらでは平気だった理由が、あの頃は気を張っていたからだ、て言うのなら、逆に言えば今はそれだけ心が平穏だから、とも取れませんか?」
望美ではなく弁慶を、これはフォローする為の言葉でしかないのかもしれない。
でも、自分もそう思いたい。
「譲くんは偉いなぁ」
「えぇ?」
「僕はどうも後ろ向きでいけないのかな」
「そんなことないですよ。俺もあっちに居た頃はいつも不安だったし。けど、こうして無事に生きている、それだけでもすごいんだ、てそう思ったらなんとかなるような気がしてきたんです。これってあっちに色々経験出来たおかげなんじゃないかな」
そう言った譲の言葉に弁慶がふわりと微笑む。
「やっぱり譲くんはすごいなぁ。それか、若いのかな」
「えぇ?」
「まぁとにかく、これからもよろしくお願いします」
「……はい」
試読ではなく、10’夏コミ発売時に配布していたペーパーのミニSS(少し手直しはしておりますが)をサンプル代わりに載せさせてみました。
これは、本編の一部で、でも都合落としてしまった部分です。
ただ今回の雰囲気を実は良く表しているかな? と言うことでこんな形ですが日の目を見させてみることに。
……と言うわけで(?)本編はこの前後のお話が載っています。
うちは京・十六夜共にどこかで、「白龍の逆鱗の事」「時空移動の事」を話しています。
そのシーンや内容は、勿論それぞれ事情が違いますので完全一致はしませんが。
でも、今回はそんなシーンを書いてみました。
2010/08 長月未来